起業茶屋®・議事録に残したい飲み会 の開催案内 ≫

【工房訪問】白山窯|86歳の陶芸家は、窯を27歳へ渡して森へ行く(茨城県取手市)

校倉造りのギャラリーで話す丸山敏郎先生

 

どうもこんにちは!
茨城県 阿見町の 筧田かけひだ 聡さとし です!

今回は、お馴染み『ものをもたないくらし』のオーナー・山下達緒さんに「大将のところへ行こう」と誘われ、一緒に伺いました✨
行き先は、取手市白山の陶芸工房「白山窯(はくさんがま)」。迎えてくれたのは、主宰の丸山敏郎先生。86歳です。

白山窯が開かれたのは1998年。私たちが伺ったのは、2026年11月3日です。

白山窯陶芸教室の看板と「白山窯」の木札(茨城県取手市白山)

 

ミニマリストが月に何度も通う、「複雑系」の窯

山下さんといえば、自然素材でシンプルに暮らすミニマリスト。その山下さんが、月に何度も通い詰めているのが白山窯です。

ところが丸山先生は、こう言います。
「美術の歴史の中では、彼が主張しているのはミニマリズム。私は複雑系だから、色彩も形も派手にやろうという。彼とは逆」

考え方は正反対の2人。それでも山下さんは丸山先生を「大将」と呼び、「大将の作品は絶対面白いと俺は思ってる」と、作品を買い続けています。

持たない人が、持ち続けたい器。それがどんな器なのか、見ていきましょう!

丸山敏郎先生のギャラリー。愛し合うアンモナイトや油絵が並ぶ

 

英語は生活手段。本当は、美術家になりたかった

丸山先生は、もともと高校の英語の先生です。

英語との出会いは小学4年のころ。同級生の親が進駐軍に勤めていて、子どもたちを集めて英語を教えてくれたそうです。「だから英語は全然抵抗がないの」。その後、早稲田大学の英文科を出て、千葉県立の東葛飾高校、我孫子高校で英語を教えました。

でも、本当にやりたかったのは美術。
「生徒たちには申し訳ないんだけど、英語は生活手段。給料を得るためにしょうがなくて英語を教えてた。本当は美術家になりたかったから」

だから授業が終わると、すぐに美術室へ。絵を描き、彫刻をつくっていました。美術部の顧問として生徒と一緒に品川埠頭で描いた1972年の絵は、今も工房に残っています。

丸山先生が1972年に描いた品川埠頭の油絵

陶芸と出会ったのも学校です。同僚に、笠間で陶芸の修行をしてきた先生がいて、その先生に教わったのが始まりでした。

さかのぼって学生時代。日暮里の美術研究所で絵を見てもらった先生には、こう言われたそうです。
「お前の絵は暗すぎる。これじゃ食っていけない」
「美術家になるなって言われたんだけど、なっちゃった」

55歳でニューヨークの美術大学SVAへ留学し、1998年、取手市白山にギャラリーと陶芸教室を開きました。「なるな」と言われてから、なるまでに40年。今も工房とギャラリーには、丸山先生の油絵が並んでいます!

丸山先生が描いた猫の油絵
丸山先生が描いたひまわりの絵
青い背景にひまわりを描いた丸山先生の油絵

 

こだわり1:そっくりより、本質。うまさより、味わい

丸山先生が尊敬するのは、北大路魯山人。魯山人の蟹の絵を見せながら、こう話してくれました。

「蟹とそっくりに描いたら面白くない。これはね、蟹の本質を描いてる。俺にとって蟹はこれだっていうのがあるわけです」
「気合で書いてるの。だけど心がこもってるから、素晴らしい」

山下さんも「言葉じゃ難しいけど、味わい。味わいっていうものは、俺は絶対この大将の作品は……」と、言葉を探しながら話していました。量販店の器の整った美しさとは別の何かが、ここにはある。そう伝えたかったのだと思います。

作り方は「行き当たりばったりで、作りながら考える」。描いては消し、消しては描く。頭の中に完成図はないそうです。

身ぶりを交えて話す丸山敏郎先生

 

こだわり2:「なんとか焼き」に入らない。土は信楽

丸山先生は、陶芸の団体に入っていません。益子焼や笠間焼のような「なんとか焼き」のグループにも入っていません。理由を聞くと、こう返ってきました。

「それはその地域の伝統だから、伝統で磨かれた作品はそれだけの歴史があるわけね。私の場合は、遊びでやっているから、なんとか焼きという伝統がないわけ」

受賞歴は、取手市長賞と取手商工会長賞。「それが唯一の受賞歴」と笑っていました笑

点の模様が入った円すい形の器

使う土は、滋賀県の信楽焼の土。陶芸の器には土物(陶器)と磁器があり、信楽の土はちょうどその中間。硬く焼き締まるそうです。伝統に入らない代わりに、土だけは信楽。ここは譲りません。

工房の棚に並ぶ丸山先生の器

 

こだわり3:アンモナイト=絶滅したものを、もう一度

ギャラリーの真ん中にあるのが、ライフワークの「愛し合うアンモナイト」です。なぜ、アンモナイトなのか。

「アンモナイトは完全に絶滅してるわけね。なぜ絶滅したのかよく謎なんだけども、私としては、過去に絶滅したものをもう一回よみがえらせたいというので」

丸山先生のライフワーク「愛し合うアンモナイト」

奥には、小さなアンモナイトを積み上げた塔のような作品もありました。名札には「Re-Born A」、蘇るアンモナイトとあります。「よみがえらせたい」が、そのまま作品の名前になっています。

小さなアンモナイトを積み上げた作品「Re-Born A」蘇るアンモナイト

ただ、本人いわく「一つのものをずっと作ることができないのね。どんどん作るものが変わっていっちゃう」。

その言葉どおり、作品は次々と姿を変えます。

3.11で津波に流された人たちを追悼した仏像。

陶器に紙粘土を重ねた最新作。岩のような手ざわり

縄文土器を現代風にアレンジした器。

うねる形と渦の模様の陶芸作品

香木を入れて煙を出す香炉。

生き物のような形の黒い器と蓋物

同じものは作らない。これが丸山流です。

 

こだわり4:窯の中は化学。赤織部と練り込み

私が一番気になったのは、赤い器のシリーズでした。

棚に並ぶ赤い器のシリーズ

「それは赤織部といって、もともとは緑なの。炭と一緒に焼くと、いわゆる還元といって、銅が戻るわけね。窯の中で化学反応を起こして、こういった色になるの」

以前の作品展では、この赤織部の説明を聞いたドイツの方が「It’s chemistry」と感動して、買っていったそうです。聞けば、化学の先生だったとか(笑)

もう一つ、印象に残ったのが「練り込み」。粘土に顔料を混ぜて一色ずつ土をつくり、それをねじって形にします。イメージはサルバドール・ダリの、あのぐにゃりとした時計。工房の壁には、まさに練り込みの時計が掛かっていました。

練り込みでつくった時計の文字盤

山下さんが「見せたら分かる」と案内してくれた洗面所では、手洗いボウルにも同じ渦の模様が。

洗面所の手洗いボウルにも練り込みの模様

ほかにも、日本ではあまり使われないヨーロッパの金属絵具「ラスター彩」を取り寄せて、金属の光沢を出した壺もありました。

器の色は、窯の中の化学反応で決まる。だから、どれ一つとして同じ色にはなりません。

金属のような光沢をもつ壺

 

こだわり5:86歳の最新作は、陶器に紙粘土

「これ、私の一番最新の取り組み」と見せてくれたのは、岩のようにゴツゴツした作品。焼いた陶器の上に、紙粘土を重ねて彩色しています。

焼いた陶器に紙粘土を重ねて彩色した、丸山先生の最新の取り組み

「油絵と陶芸のコラボなんだよね。陶芸に油絵的な要素を加えたい。そうすると、色が自由になるわけね。そこが面白い」
「今こういうことやってる人、陶芸家では、はっきり言っていない」

86歳で、まだ新しいことを試している。

「極めない」から、86歳でも最新作がある。

色を自由にのせた最新作

 

こだわり6:陶芸は触覚芸術。触らないとダメ

「どんどん持って。陶芸はね、触覚芸術だからね。触らないとダメなの。見てるだけでダメなの。触って、手に持って、どんな感じかっていうね」

言われるがまま、岩のような作品に触ってみると、ザラザラ。目で見た印象と、手で触った印象がまるで違います。器は、目で選ぶものではなく、手で選ぶもの。この日いちばん、腑に落ちた言葉でした。

 

こだわり7:ギャラリーは、土台から屋根まで一人で

ギャラリーの建物は、丸山先生が土台から屋根まで一人で建てたものです。

「設計図なしで作った。あと、柱がないでしょ」
柱がない代わりに、木を横に積み上げていく校倉(あぜくら)造り。「乾燥するとね、ギュワーっと沈んでくるわけ」。板倉構法の家を建て続けている山下さんいわく「板倉構法のもっと上級版」。

校倉造りのギャラリーで話す丸山敏郎先生

母屋のほうは、シャンソン歌手だった奥様が「こんな家がいい」と描いた構想を一級建築士が設計し、大臣クラスになった教え子が建築を請け負いました。室内の石積みは、卒業生が手伝ってくれて。自分たちで積み上げたそうです。「おかげで3.11の地震でもね、全然物が落ちなかった」

年に1回、このギャラリーを開けて作品展を開くと、教え子や奥様の友人など200人ほどが集まります。
「宣伝しても客は来ない。だからみんな義理と人情。人生、義理と人情だよね」

売り込みが苦手な作家の工房を、「義理と人情が、27年間支えてきた」と。

 

白山窯は、27歳の真継さんへ

実は丸山先生は、この白山窯を閉めるつもりでいました。

「年貢の納め時で、ここ閉鎖しようと思ってたの」

そこに現れたのが、教室に通う27歳の真継さんでした。
丸山先生が「この陶芸教室、誰か継ぐ人いないかな」と言ったら、「やります」と応えてくれたそうです。
来年(2027年)4月1日から、白山窯は真継さんが継ぎます。教室の棚には、真継さんの名札が付いた作品も並んでいます。

真継さんの名札が付いた作品
⚠️ オレンジ色のカップは、丸山先生の作品です。

山下さんは、若い真継さんの門出を気にかけています。「27歳、少しでも心が折れんように、いい門出ができるように」。
一方の丸山先生は「まだ若いんだから、いろんなバイトをしながらとか、いろいろして」と、あえて突き放す構えです笑

教室には、岡本太郎の太陽の塔をつくっている一番弟子の生徒さんもいます。

教室の一番弟子がつくっている太陽の塔

窓辺には、使い込まれた筆と道具が並んでいました。

工房の窓辺に並ぶ筆と道具

27年の窯を、27歳が継ぐ。来年4月以降の白山窯については、分かり次第この記事に加筆する予定です!

 

86歳、嬬恋の森で第3の人生

では、丸山先生はどうするのか。

「これから新しく、いわゆる第3とか第4番目の人生で、新しい出発なのよ」

行き先は、群馬県の嬬恋村。大学時代から軽井沢の別荘暮らしに憧れていて、いまは嬬恋に奥様名義の別荘があるそうです。
「すごい森の中だからね。すごく気持ちがいい。だからここ白山でもね、木をたくさん植えて森状態にしてるわけ。森が好きだから」

木々に囲まれた庭のテーブルにも作品

実は今年2月、奥様は亡くなられました。奥様が好きだったこの白山の場所は真継さんに託し、自分は森へ移る。そう決めたそうです。ご家族の反対を押し切って……。

嬬恋にも窯があるとのことで、陶芸教室も開くようです。
「嬬恋村はキャベツの村だから、キャベツで忙しくないときには陶芸やりましょうって言って、家でやろうと思ってるの」
さらに、旧軽井沢銀座の店を借りて作品展を開く構想もあるとか!

86歳の「新しい出発」。取材に来たはずですが…… こちらが背中を押された気分になりました!

 

白山窯の情報

名称:白山窯(はくさんがま)陶芸教室・ギャラリー
主宰:丸山敏郎
住所:〒302-0023 茨城県取手市白山2-8-3
電話:0297-72-3642(見学・教室は事前に電話で予約を)
アクセス:JR常磐線 取手駅から徒歩8分
駐車場:あり
教室:第2〜4・木〜日曜日/午前10時〜12時・午後2時〜4時/月1〜2回・自由選択・入会随時/初級基礎12回・中級自由制作(工房の看板の表記)
設備:30kWの電気窯、大型土練機、電動轆轤。教室は1回6人まで。ミニギャラリー併設
作品展:年1回(ギャラリーを開放)
発信:Facebook「Toshirou Maruyama」をチェック✅️

⚠ 2027年4月1日から真継さんが継承予定です。2027年4月以降の教室・連絡先は、分かり次第この記事に加筆します(2026年11月取材時点の情報)。

 

最後に……

「蟹とそっくりに描いたら面白くない」「触らないとダメなの」

量販店に行けば、整った器はいくらでも手に入ります。それでもミニマリストの山下さんが月に何度もこの工房に通うのは、一つとして同じものがない、手の跡が残る器にしかない味わいがあるからです。

私も、赤織部の器を選びました。これから毎日、使ってみます!

ものをもたない暮らしの先にあるのは、「持たない」ことではなく、手で触って、語れるものを選ぶことなのかもしれません。

丸山敏郎先生と筧田

あなたが最後に、手で触って選んだ器は何ですか?

 

ものをもたないくらしシリーズの情報

⚠ この日は、オーナー・山下さんのご自宅(取手市)も見せていただきました。あわせてご覧ください!

🔴 【オーナー宅訪問】自然*健康*最少|ものをもたないくらし(茨城県取手市) 🔴
🔴 【物件視察】自然*健康*最少|ものをもたないくらし(茨城県土浦市) 🔴
🔴 【物件視察】自然*健康*最少|ものをもたないくらし(茨城県美浦村) 🔴
🔴 【物件視察】自然*健康*最少|ものをもたないくらし(茨城県つくばみらい市) 🔴

ご覧いただきありがとうございました。
阿見町の筧田がお送りしました。

P.S. 丸山先生、体調のすぐれない中、長い時間ありがとうございました! 山下さん、ご紹介ありがとうございます♪

 

参考資料

 

このページを家族・友達に共有しませんか?

コメントを残す

CAPTCHA