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実穀小・吉原小の閉校から8年|阿見町の学校再編、4組のその後

「阿見町の学校再編 実穀小・吉原小 閉校から8年 4組のその後」の文字と、元小学校の3階建て校舎2棟と桜のイラスト

 

どうもこんにちは!
阿見町議会議員の 筧田かけひだ 聡さとし です。

私は本郷小学校の卒業生です。母は、吉原小学校の卒業生です。

平成30年3月31日、阿見町の小学校が二つ、同じ日に閉校しました。実穀小学校と吉原小学校です。町を離れて暮らす同級生の中には、このことを知らない人も少なくありません。

あれから8年。閉校までのいきさつ、校舎のいま、閉校しなかった学校、そしてこれからの数字を、1本にまとめました。

 

統合の対象は4組、閉校まで進んだのは2組

2015年(平成27年)3月、町の教育委員会は「阿見町立学校再編計画」を決めました。検討委員会が保護者へのアンケートや小学校区ごとの意見交換会を重ね、2年近くかけてまとめた計画です。

背景には、町の中の二つの動きがありました。子どもが減り続ける地区がある一方で、人口が増えて教室が足りなくなりそうな地区もある。計画は、小学校の望ましい規模を「1学年2学級以上、学校全体で12〜24学級」としました。

統合の対象になったのは、次の4組です。

統合の組み合わせその後
実穀小 → 本郷小平成30年3月31日に閉校
吉原小 → 阿見小平成30年3月31日に閉校
君原小 → 舟島小統合せず、令和2年4月から「小規模特認校」として存続
阿見第二小 → 阿見小令和5年4月の予定だった統合を延期

計画には、統合は「地域との合意形成が図られ次第」進める、という前提が置かれていました。計画は一つでも、4つの地区はそれぞれ別の道をたどりました。

 

137年と138年の、最後の春

実穀小学校吉原小学校
歴史137年138年
最後の年度(平成29年度)の児童数93名51名
閉校日平成30年3月31日平成30年3月31日
子どもたちの移った先本郷小学校阿見小学校

閉校記念式典は、二校とも平成30年3月24日の土曜日でした。どちらも校旗を返納し、最後の校歌を歌っています。

実穀小では、子どもたちがつくった旧校舎の模型や、各教室にあった黒板カーテンが並びました。吉原小では「思い出がいっぱいミュージアム」の展示がつくられ、最後は全員で「ふるさと」を歌っています。式の様子は、町のホームページにいまも写真で残っています。

翌月の平成30年4月、本郷小から分かれて「あさひ小学校」が開校しました。本郷小学校区で子どもが増えたことに対応した、新しい学校です。閉校と開校が、同じ春に隣り合っていました。

 

校舎のいま

跡地の使い方は、二つの地区の代表でつくる検討委員会で話し合われました。多かったのは、世代をこえて人が集まれる場所がほしい、という声です。

吉原交流センター(令和3年4月開館)

旧吉原小学校の校舎を、きれいに整備して使っています。1階の「吉原ミュージアム兼学習室」には吉原小学校の歴史が展示されていて、予約なし・無料で入れます。2階の吉原ホールでは、季節ごとに無料のコンサートが開かれています。

整備していない部分の校舎も、そのまま残っています。この部分について、町は令和3年7月、民間からの活用提案の募集を始めました。

実穀ふれあいセンター(令和5年4月開館)

旧実穀小学校の跡地にある3階建ての施設です。各階のロビーは予約不要・無料で、3階のロビーには授乳スペースとキッズマットがあります。1階ロビーでは「JikkokuアコースティックLive」という無料のミニコンサートが開かれています。

どちらも開館は午前9時から、月曜日と祝日がお休みです。帰省のついでに、予約なしで立ち寄れる場所になっています。

 

閉校しなかった2校

阿見第二小学校|署名で統合が延期に

平成28年から約2年の話し合いを経て、阿見小との統合はいったん令和5年4月と決まりました。その後、令和元年12月、地区住民の約84%にあたる927世帯・1,791名の署名を添えた、学校の存続を求める要望書が町に出されます。

教育委員会は話し合いをやり直し、統合の時期を「阿見第二小学校に複式学級が編成されるとき」などの条件で決め直しました。複式学級とは、子どもが少ないために二つの学年を一つの学級にする形です。町の説明では、統合の対象という位置づけは変わっていません。

君原小学校|町内どこからでも通える学校に

計画では舟島小と統合する予定でした。令和元年度、君原小の地区から「小規模特認校として残したい」という意向が出され、令和2年4月、君原小は町内のどこからでも通える学校になりました。1学年16人まで、送り迎えは家庭が担う、といった条件があります。

導入したときは6年間の期限つきでしたが、令和6年11月、検討委員会の答申を受けて教育委員会が計画を改め、令和8年度以降も続けることが決まりました。通うための条件や見学会の日程は、町のページにまとまっています。

 

2030年、24学級の学校と30人の学校

調べていて、手が止まった数字があります。

令和3年令和6年令和12年(2030年)
本郷小学校413人534人692人・24学級
君原小学校—65人30人

本郷小=令和4年度の町の推計/君原小=令和6年5月時点の町の推計。推計した時点が違うため、2校の数字は同じ条件で比べたものではありません。

実穀小の子どもたちを受け入れた本郷小学校は、子どもが増え続け、令和12年には24学級になる見込みです。24学級は、再編計画が望ましいとした規模(12〜24学級)の上限にあたります。令和6年度には、本郷小学校区の子どもの増加に合わせて、放課後児童クラブの施設も新しく建てられました。

同じ令和12年、特認校として残った君原小学校は、30人になる見込みです。

私の母校は24学級、君原小は30人。同じ町の、同じ年の見込みです。令和7年度に1年生になった子どもたちが、6年生になる年でもあります。

子どもが減る地区と増える地区が、同じ町にある。再編計画の出発点だったこの構図は、10年あまりたったいまも続いています。

新しい推計が出ていないか、担当課に確かめてみます。分かったら、このページに書き足します。

 

あなたの母校は

閉校した実穀小と吉原小、残った君原小と阿見第二小、子どもたちを受け入れた本郷小と阿見小。どの学校にも、この8年があります。

あなたの母校は、どこですか。

通っていたころのこと、閉校式のこと、覚えていることがあれば、ぜひ教えてください!

ご覧いただきありがとうございました。
阿見町の筧田がお送りしました。

 

参考資料

再編計画と各校の経過

閉校と跡地

児童数の推計

 

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